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さおるとい志のおはなし。

Posted by さおる。 on 14.2010 日常 4 comments 0 trackback
今日は、わたしを さおると呼んだおばあちゃんのことを書きます。。



おいたち





わたしがさおるだったころ。
さおるは、いつも い志おばあちゃんと、ひなが、すごしていた。
私のことを、さおる なんて呼ぶのはおばあちゃんだけだった。
わたしは、おばあちゃんのことを いしまおばあちゃんと呼んでいた。

おばあちゃんは、敷石をぽんぽんととんだ、離れにすんでいて、
ちょっとおままごとのような暮らしぶりだった。


さおるはいつもおばあちゃんの、客人で、そのちいさな 隠居と呼ばれる部屋に上がり込み、
毎日ふたりで遊んだんだ。
おばあちゃんは、へやのなかに祭壇ようなものをつくり、そこには、仏像や仏像の写真。
ドライフラワー、川で拾ってきた、顔の黒ずんだ片足のないお人形などが飾られていた。


わたしが遊びにいくと、着物のカタログから綺麗な人を切り抜いてくれ・・と頼まれ
はさみでえんえんと切り取って、部屋中に貼ってみたり、(たまに橋幸雄の切り取りも頼まれた)
大豆の入ったお手玉をつくってもらい、お手玉遊びを、歌をうたいながら教わった。


おばあちゃんは、あちらこちらからお菓子を出してきて、一緒に食べたり、紙に包んで いつも帰り際には
もたせてくれた。  そば粉をお湯で練った物なんかも一緒に食べた。


おばあちゃんの引き出しには、大抵の物ははいっていて、何か物が壊れたりして困ったときは、
わたしを呼んで、「さおる。ここはどうしたらええとおもう?」と
なぞかけのように問いてくる。

小さな引き出しをひっくりかえして、針金やら螺子やらいろいろとりだしてなおしたり
作ったりして、難問にこたえるのだった。

「さおるは器用やで、なんでもなおしてくれる。」といつも喜んでくれて、
それを、かぞくの前でも、なんども感心したように繰り返すのだった・・・。


おばあちゃんの部屋には、京子という名前の金魚がいて、それが冬になると金魚鉢ごと凍ってしまい、
春になると、また泳ぎだしたときの驚き。
飼っていた紅雀が、蛇に食べられてしまったときの驚愕のおもい。

「朝見る蜘蛛は縁起がいいんやぞ。さおる。」
といって、朝、蜘蛛を見つけると必ずつかまえて、懐にしまっていたおばあちゃん。


おばあちゃんとさおるはがやの実をひろいに、散歩に出かけたり、
チロがうんだ子犬を、母に気づかれないように、こっそりへやにあげたり
出かけた先で、おばあちゃんが石段から落ちて、お医者さんを呼びに走った
姉を泣きながら待ったりしたこともあった。


わたしがいたずらをして物置に閉じ込められた時も、泣き叫ぶ声を
聞きつけ助け出してくれるのは、必ずおばあちゃんだった。
わたしの悪事はさておいて、ひとまず、こわかったな。おかあちゃんはひどいな。と言ってくれる。


ふたりでたくさんの、いろとりどりの日々をくぐりぬけた。
おばあちゃんはさおるが一番大好きで、さおるもおばあちゃんが世界でいちばん好きだった。

ある日、おばあちゃんの部屋で、テレビをみていたとき、母屋のほうから、わ~わ~という
歓声が聞こえてきた。それまで白黒テレビしかなかった我が家にカラーテレビが点いた歓声だった。
おばあちゃんは、「さおる。いってこい。はようみてこい。」とお尻の浮いているわたしを
うながしてくれるけど、(ここですぐあっちにいったらわるいな・・。)と子供心に感じてなかなか
立ち上がれなかったことを覚えている。

このころから、わたしの隠居通いは、少しづつ回数を減らしていったのかもしれない。

い志まおばあちゃんがなくなったのは、わたしが小学6年生の時だった。

死とは、あいたくても、絶対会えないことだって、まいにちまいにち思い知らされ
わたしの健康手帳の体重グラフは底をつき、もう書き込めなくなってしまった。
そんなにもそんなにも、 おばあちゃんは  いつだってわたしを包む愛情そのものだったんだ。

わたしを  さおると呼ぶ人は、もういなくなってしまった。






わたしがさおるだったころ。


よのなかはきらめいて。


時計の針は、かってに動くことをゆるされていた。




長いとしつきのはて、わたしはさおるをよびもどすんだ。
わたしを、さおるとよんでくれるひとにであって・・・。





今晩は。

生命のあった処へ還られたおばあ様は本当にかおる。さんの事を
大切になさっておられたのだというのが良くわかります^^。

私事ですが先々月に旧ブログから交流のあった方が旅路につかれたので
拝見していてその方との想い出が脳裏を横切りました。

日々出逢う様々な事柄や心を重ね、いつか私達が旅路についた時、
その方々へ笑って話せると良いですよね^^。
2010.09.15 00:24 | URL | Me #JyN/eAqk [edit]
おさないころは、人との別れって、耐えられないものでしたが
今は、過ぎ去ることは、過ぎ去ってしまったからこそ、
悲しいことであっても、きらびやかだったことも
誰にもふれないじぶんのものとして、存在し続けるのだな・・・
っておもいます。

人は多面的な存在なんだって、meさんをみててかんじます~~v-345
2010.09.15 10:49 | URL | さおる。 #JyN/eAqk [edit]
さおるさん、いつもコメントありがとう。
良いおばあちゃんだったんですネ。
「おばあちゃんの部屋には、京子という名前の金魚がいて、それが冬になると金魚鉢ごと凍ってしまい、
春になると、また泳ぎだしたときの驚き」
これは私も知らなかったです。驚き!!
さおるさんの記事はなにか、こころがこもっています。記事を読んで感動しています。
小さなお子さんも、優しくしてあげれば、なついてくれますし優しくしてあげなければ、小さなお子さんもわかってそばにはよってきません。やさしく、心のある人には年に関係なくそばに近づいてきます。
さおるさんも、小さいとき心のある優し人だったのがうかがえます。
さおるさんが年輪を重ねていっても、小さいとき心のある優しこの気持ち忘れないで。
2010.09.16 09:40 | URL | purotoko #- [edit]
purotokoさん。。。。v-352
いつも、思いつくまま、書いていますが、
こうして、わたしの感じたことを受けとめてもらえると、
かいてよかったんだ!!  
って救われるような気もちになります。

いつも読んでいただいてありがとうございます。v-421
あまり人のためになるようなことは書けませんが
あいかわらず、じぶんの感じたままにかきます。
おつきあいよろしく~~~v-282
2010.09.16 14:23 | URL | さおる。 #JyN/eAqk [edit]


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はじめまして。さおるです。絵を描き、詩を詠い、さまよい生きるものです。  
一人語りのような場所ですが、お付き合いよろしくお願いします。
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