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心の中に棲む場所

Posted by さおる。 on 21.2012 日常 14 comments 0 trackback
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今日は、朝から雨。
カサブランカを切って家にとりこもうかと、ぼんやり考えている。
夏日が続いたので、細かい雨の中で植物も、人も深く呼吸を継いでいる。

夏はこれから。



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父の病状が良くなくて実家に帰ったりしていた。

国道165線を降りて少し下がったところに、実家はある。
その手前に、鶴来病院はあり、無意識にうちにブロック塀に囲まれた、古い建物を目で捉えて

帰ってきたんだな、と確認していたんだと思う。

橋を渡り切ったところの病院を過ぎようとして、はっとした。
鶴来病院は跡形もなく、消えていた。

なんで?



私が生まれた時から、そこにあった古びた 病院。
生まれた時から、そこにいた、アインシュタインに似た渋谷先生。
病院の裏側に続く小道の先にあった、夫人が運営されていたヤマハ音楽教室。

理由は簡単にわかる。

ー形あるものは、すべて壊れるー

渋谷先生が去年だったか亡くなったと聞いていたし、夫人はもっと前に亡くなっている。
古い館は主を失い、役目を終えたんだ。

あるべきものが、馴染んできた風景が、一瞬で消え去ったことで、心に小さな空洞ができたようだった。
実家に辿り着き、さみしさ紛れに

お母さん、渋谷さん、無くなってたよ。寂しいね~。あんな建物もうないのに、壊すくらいなら私が買い取ったのに。
…と言うと

仕方ないんや。町でも管理できんし、もう子供さんも、帰ってくることないから。
…ってわたしに取り合わない返事が帰ってきた。


失ってから、人は気付くんだ。それがどんな意味を持っていたのかを…





季節に関係なく、いつでも薄暗くて黒光りする広い廊下の先に、診察室はあって
重い真鍮のドアノブを押し広げて室内に入ると、その当時からもうお爺さんだった白衣の先生がいた。

白いカバーを掛けた丸い椅子に座った頃に、ようやく
こっちに向き合うのだった。

先生の背後には薄い木枠の硝子窓があって、注射器が何本も並んだ
、消毒液で満たされたいくつかのバットの中に、昼下がりの光を送り込んでいた。


体操服を胸まで持ち上げた私の鼓動は、冷たい聴診器を通して先生の耳だけに届いていたのだろう。

先生はほとんど話をしない人で、私も何も話す事もなく、診察室の中は緊張感に包まれていた。




小さな窓から、名前を呼ばれて手渡されるお薬は、一包ずつ紙に包まれて、三角に折りたたまれていた。
私の目の高さ程の、小窓を覗き込むと、たくさんの茶色の瓶や、分銅計りが見えた。

笑顔で見送ってくれた看護婦さん。病院から表に出る時も、黒く光る闇を住まわせているかのような、その廊下を振り返らずにはいられなかった。



あの注射器も、硝子窓を背景にした渋谷先生も、三角薬も、たくさんの茶色の小瓶も…
鶴来病院のすべてが、今はもう、心の中にしか存在しない。

あの場所は暗くて怖かったから、光が、はっきりと感じられる場所だったんだ。

自分の鼓動や、体の持つ熱。半ズボンから伸びた傷だらけの両足が、跳ね返るように生命を歌っていた。




その裏手に続く、ヤマハ音楽教室も、毎週6年ほど通った場所だった。

レッスンの寸前に形ばかりの練習をして、教室に赴く私にとって、病院から一棟に繋がるその教室も、また
暗さと緊張を秘めた場所だった。

そこへ繋がる小道には、兎小屋があって、その辺りに生える
おおばこの葉を採って、うさぎに食べさせたり、
教室の後ろの本棚に積み上げてある、漫画本を読みながら、順番を待った。


バイエルンを膝に抱えて、わたなべまさこの、怖いストーリーの中で過ごした
あの時間。
古びたゴブラン織りのピアノカバー、その上にあった、メトロノーム。
たくさん並んだオルガン、若い女の先生に言われるまま繰り返した、同じ小節。


レッスンが終わって帰る時は、もうすっかり日が落ちていた。

カバンを抱えながら病院の横を通り過ぎる時
あの硝子窓の中から、誰かが私を見ている気がして怖かった。



怖くて、怖くて、愛おしい場所。

今は、私の心の中だけに棲む場所。


  

プロフィール

さおる。

Author:さおる。
はじめまして。さおるです。絵を描き、詩を詠い、さまよい生きるものです。  
一人語りのような場所ですが、お付き合いよろしくお願いします。
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