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家来になったネコ

Posted by さおる。 on 30.2017 絵画 9 comments 0 trackback
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ついに 家来になったネコ 出来上がりました。

河内先生が書かれたお話に 私が絵を描かせていただきました。


裏表紙 中表紙もついて とてもきれいな絵本となりました。


20枚の絵です。


絵本は文字と絵が一体となってひとつのものです。先生とうまくダンスが出来たらと思いました。


手にとって見てくださった方の こころが溶け出したのならば うまくダンスが出来ているのかな。。。


7月3日から主だった書店に並ぶそうです。


。。。書店に並ぶ。。。 そこがときめきます。


Amazonでも発売開始していました。幻冬舎より出ています。定価は1200円でした。





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お話をいただいてから 3年の時間が経ち、こうして思うままに描いたネコ達が 立派な絵本になって

感無量です。

絵本は、放たれました。


病気の子供にも。孤独な老人にも。私の知らない人たちのもとに届きます。


こころが触れ合うことができます。


この幸運に感謝です。



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わたくしの庭

Posted by さおる。 on 15.2017 4 comments 0 trackback
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わたくしの庭





小さな庭を掘り返し 掘り返し

異国より 連れてこられし 球根を置く。


芽の伸びる微かな音を聴きながら

午後の惰眠しばし貪る。






一斉に

囁き始める花束の庭。

風のざわめき 花のざわめき。



翠の風の吹く頃は

天からの落ち雛ひろうてとまどうて。


木陰にひっそり増えていく


小動物の石ころの墓。







目にしみる藍を見つけし夏の始まり。


わたしだけの朝顔の色 胸に灼きつけ。







遥かに高くなっていく 空を仰げば赤蜻蛉。

夕焼けの中 泳ぎきるかな。







深まりて 深まりていく 秋の中。

枯れ葉に埋もれる わたくしの庭。






命の廻るわたくしの庭。





ゆるゆると粛々と人生ゲームを行く。

Posted by さおる。 on 12.2017 日常 12 comments 0 trackback
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ようやく移動できたのに。

前の病室とおなじフロアにある 広々とした個室にはもう義兄の姿はなかった。
ICUから戻った姉は 片隅に置かれた2人掛けのソファに座って小さく見えた。

わたしが運んできた食べ物の礼を言って。
11月の斜陽がカーテンの合間から姉を照らす。
間の抜けたような明るい日向に浮かぶ姉は
アンドリューワイエスの描く女のようだと思った。

綺麗だと思った。



いつか姉のことを綺麗だと思った。
あれは一緒に暮らしていたわたしが十代最後のころ。
姉は22か23だったのかな。
肩よりのばした髪をバービー人形のようにくるんと外巻きにして。。イブサンローランの服を着ていたと思う。
2人でどこかで食事をしていて、
隣のテーブルの男性が何度も姉を見ていて
しまいには向き直って声をかけてきた。

綺麗だもんな。って思った。



姉は泣かなかった。
一度しか。



華やかに色付いたプラタナスの街並み横目に見ながら
数日通いつめた病院に 連絡をもらい慌てて駆けつけたとき。
姉はちょうどICUから出てきたところだった。

今息を引き取った。 とそう私に告げた目には涙が溢れていた。


お義兄さんはインド哲学の先生でいろんな遺跡を訪ね歩いて写真集を作ったりして私にもくれていたので
あまり話さなくなったお義兄さんとの時間を過ごすために
その写真集を病室に持ち込んだ。


ベトナムのランタン祭りのこと。
お土産にもらった漁をする舟の絵の事。
アユタヤの涅槃像のページを開き。。
カンボジアのアンコールワットの滅びゆく遺跡を広げて見た。

遺跡を飲み込む太い沢山の榕樹の根。

これってガジュマル?と聞くとそうだと応え。

生きている物は強ですね。こんな遺跡も覆い尽くして壊していくんだから。。
と言うと。 うん。と答えて。

お義兄さんが石の門をくぐると、ピシピシと 崩れゆく小さな音。はそこかしこから

響いてきたと教えてくれた。


生命は頑強な石の館までを無きものにする。強い力。
しかし命は限りがあるもの。


お義兄さんは、お寺と姉と三人の子供を置いたまま、インドへ行ってしまう。
恒例の年末。

少し時を置いて届く異国の土産。
山ほどのお香に、高級茶葉。刺繍の施されたショルダーバッグに
説明が読めない謎の香辛料。 陶器の一輪差し。。。

一番うれしいのは義兄の作った色んな国の色んなカレー。。。



でも今度は本当に行ってしまった。



豪放磊落 という言葉が当てはまる男の人はカッコいいと思う。でもそれが夫だったら、父だったらどうなのだろうか。
お義兄さんはまさにその言葉が当てはまる稀に見る人だった。




姉と私は同じ夢を見る。
繰り返し繰り返し。


また最近その夢を見たことをラインで伝える。
2人で住んでいた部屋。 5階のB号室。
まとまったお金があるから今度こそ隣に住む大家さんのところに行って何年分も
溜まった家賃を払おうと思う。
いや。ここに住んだのは2度目だから、数ヶ月分払えばいいんだとおもいなおして,。。。



今回もまた完済する事なく目が覚めた。



同じ夢を見るんだ。
滞納した事なんてなかったのに。。。


あの部屋を明け渡したくないんだ。
泣いたりもした。わらったりもした。あのころの私を。




大きな本堂に布団を二つ並べて
お義兄さんの姿が消える前の晩。
2人で寝たんだ。



さおるが困ったときは助けるからね。と姉は言ってくれた。



姉はみんなの前で、堂々とできる人なんだ。
住職になる事を告げる姉の背中には
黄金のタテガミがみえたよ。




人生ゲームは粛々と続く。







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幸福のセキレイ

バイバイ2016

Posted by さおる。 on 31.2016 日常 6 comments 0 trackback
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今年もあと1日となりました。
葛藤しつつ過ごした1年間。
今日は、深くため息を吐いて。最後のブレス。息継ぎです。



平凡であると思う人生であってもいろんな事が周りでは巻き起こって。
混乱したり とりあえず、考える間もなく走ってみたり。
人は思わぬ方向に流れていくんですね。


今年一年を通じて流れていたのは絵に対する思いでした。
年のはじめの目標は、八幡町のあの病院の資料館で絵と詩による展覧会を開くこと。

書きためた詩を母に筆でしたためてもらい。
私は生まれた時からの記憶をたどり、い志お婆ちゃんと姉二人のいた50年前の
あの時を描く。

川の流れ。吉田川にランタンが灯る夏の宵を描く。
私をここまで運んできた川の流れ。

水の青さを描くこと。




そして、過ごした夏の50日間はもっと遥か昔から繋がっている時の流れの中に身を置く
特別な時間となりました。

郡上八幡楽芸館は、明治時代の洋館で。当時そのままの姿を残してあります。
8室あった二階の入院室をフラットにして、ギャラリーにしてあります。

その場所で25枚ほどの絵と、13編の詩 つまり自分と共に過ごした今年の夏。



私の通勤路は友達のお墓から細い路地を選んで歩き、途中からは美しい川沿いを。
風鈴の音を聞きながら。
錦コイや鮎の泳ぎに見とれながら。。
生きている人も死んでいる人も。
水と風も。
みんな一緒で。

満たされて過ごした水の町。

ギャラリーの畳敷きの一角には卓袱台と水屋箪笥 火鉢が置いてあり。
そこから見える新橋には、いつも何人かの人が川を見下ろしたり。
欄干に立って飛び込んだり。。。
死んでしまった人もいた。

その風景を薄い木枠のがたつくガラス窓を通してみていると
私は100年前の入院患者になっている。








母の歳の離れたねえさんは。結核になって、保険制度もなかったその当時。
一月分の医療費の請求書をみて、すぐに家に帰ってきたと。

優しい人だったと。。20歳の遺影を一緒に見上げながら母はそう言った。

かわいい人。優しい人。
はなさん。






100年前に。そこにいた入院患者さんは、簡単に食事を作ったり、自分の物を仕舞うのに家財道具を
持ち込んでいたのだという。

やはりここにいたんだ。





はなさんが何処の病院にいたのかは知らなかったけれど。母の兄に当たる伯父さんが
来てくれて、ここやった。と教えてくれた。



同じ瞳。同じ心。
でももっともっとさみしかったね。
はなさんと同じ風景をみて過ごした今年の夏。




こんな事もあった。
会場にとびこんできた女性が、ずっと東京すまいで、お婆ちゃんの家が八幡に
あるけれど、今日明日で、家を仕舞いにきた。と仰って。
い志お婆ちゃんの絵を見ながら話は続き


彼女のお婆ちゃんは呉服屋をやっていて、その実家も呉服屋で。。。
とふんふんと聞いていて。
そこの家が。。。と言って。そこで父のフルネームが出てきた。

彼女は初めて会った又従姉妹だった。
2人で見つめていた絵の中のい志お婆ちゃんは彼女にとってもひいお婆ちゃんだったのだ。

世の中は不思議に満ちて。
たくさんの不思議をあたえられて、私はしあわせになっていく。



今年の出来事に感謝して。
2016年にサラバ。



もっと不思議な2017年へ。。。










この古き館にて。

Posted by さおる。 on 11.2016 日常 13 comments 0 trackback


ここは以前病院だった旧い明治時代の建物です。
この二階部分のスペースは 以前は入院室として使われていたそうです。





太陽と水の間で。
そんなタイトルをつけての展覧会を 50日にも渡って開催しています。
夏の盛りの窓辺から 窓の外を見下ろすと
水着姿の若者から 団体の観光客の方々。
明るい日差しに照らされるまま 往来を闊歩されています。

この同じ木枠の窓ガラスを通して
この部屋にいた遥か遠い時の患者さんの瞳は
同じような日差しの夏の八幡を見下ろしていたのでしょうか。。


自分の思いをこうして吉田川のほとりで広げてご覧頂けることの よろこびを感じています。

どこの場所よりも絵や言葉がしっくりと落ち着くような気がします。

郡上八幡では夏は水とともに。。
暑さでも有名な場所となりましたが 水は絶えず流れています。

この水のほとりで季節がかわるまで 絵は佇んでおります。

9月11日まで。


お盆中と週末は私もおりますので
郡上八幡にいらしてください。


心が安らぐ素晴らしい水の町です。




  

プロフィール

さおる。

Author:さおる。
はじめまして。さおるです。絵を描き、詩を詠い、さまよい生きるものです。  
一人語りのような場所ですが、お付き合いよろしくお願いします。
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